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曇らない、その微笑 8

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-09-08 21:38:53

「相変わらず、素直じゃない性格をしてますね。本当に長松《ながまつ》主任も、こんな捻くれた人のどこが良かったんだか?」

「……」

 ほらね? 主任の名前を出した途端、彼は何も話さなくなる。未練なのか後悔なのかは知らないけれど、とても分かりやすい人だと思った。

 だからってこれ以上、無駄なおしゃべりに付き合う気も起きなくて。さっさと彼の知りたがっている事を、教えるてあげることにした。

「主任は今も、御堂《みどう》さんと何の問題なく暮らしてますよ。そろそろ結婚式の招待状でも来るんじゃないですかねえ?」

「……ああ、そうか」

 こうして主任たちの現状を教えると、伊藤さんは少し安心したような声でちいさく「サンキュ」と言ってくる。彼なりに二人を引っ掻き回したあの時の事を、今も気にしてるのかもしれない。

「じゃあもういいですよね、私疲れてるんで切りますよ?」

 どうせ彼の本当の用事はこれだけなんだって分かってる。直接本人たちに聞けないからこうして私を利用する、それだけの間柄だと思ってたのに……

「なあ、何かあったのか? アンタの声、いつもより苛ついてる」

 あーあ、どうしてよりにもよってこの人に気付かれちゃうのかなあ? 伊藤さん相手に、悩み相談なんてする気はないんだけど。

「そんな余計な事にまで気付かなくていいです、伊藤さんのくせに」

「なんだよ、その言い方? 図星だからって、俺にまで八つ当たりする気なのか?」

 もう、本当に感じ悪い人! 伊藤さんも梨ヶ瀬さんとは違う厄介さがあるので、出来れば相手したくないのに。

 そう思って、深いため息をつくと……

「どうせなら今、話してみれば? 別に俺には関係ないから、適当に聞いてやるだけだけど」

 まさかそんな言葉を伊藤さんから聞くことになるとは思ってなくて、驚いてスマホを落っことしそうになった。

 聞いてやるから話せ、なんて本当にこの人は伊藤さん?

「あの、何か悪いものでも食べたんですか? 私と話している暇があるなら、早く病院に行った方が……」

「……ああ、そうだな。真面目に話を聞こうと思った俺が馬鹿だった、じゃあな」

 そう言って伊藤さんは、あっさりと通話を切ってしまった。どうやら本当に心配して、話を聞こうとしてくれたのだろう。

 ……意外だわ。あの人にそんな優しい一面があるなんて、思いもしなかった。

「でも主任が好きになった人だから
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